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全国有数の古墳群「埼玉古墳群」

埼玉県の行田市には、日本でも有数の古墳群として知られる「埼玉(さきたま)古墳群」があります。“さきたま”はもともと“先多摩”あるいは“前多摩”と記していて、時が経つにつれて“埼玉”と変化したと言われています。古墳群のある行田市のこのエリアが埼玉の名前の由来となった場所という言い伝えも残っている、由緒正しい場所です。

 

埼玉古墳群には円墳が1基、前方後円墳が8基集まっています。昔はそれらの周辺に小さな古墳が広がっていましたが、昭和になって干拓事業が促進されるにつれて、それらの小型古墳は壊されてしまい、現在は9基を残すのみとなっています。これらは国の史跡として認定されているので、環境の整備もきちんと行われています。

 

埼玉古墳群の成立は5世紀の後半から7世紀あたりというふうに推定されています。「日本書記」には笠原直使主(かさはらのあたいおみ)が当時の天皇の命によって534年に現在の埼玉県鴻巣市笠原に居を構えたと記されていて、この史実と関連した古墳群ではないかという説もあります。

 

日本でも最大級の円墳である丸墓山古墳や規模の大きな前方後円墳である二子山古墳、周濠が三重になっている珍しい前方後円墳である鉄砲山古墳、実際に横穴式石室を見学できる将軍山古墳など、それぞれにユニークな特徴のある古墳が集まっています。

 

近隣は公園として整備されているので、お弁当を持って子ども連れで訪れるなど、ピクニック気分で利用するのもいいでしょう。